2011年5月8日日曜日

なぜか、おおいSEANさん

まず、Sean lennonの親父さん、John lennonの、この曲をきいてみていただきます。http://www.youtube.com/watch?v=2xB4dbdNSXY
そしてREGGAEで有名なBuju bantonの甥も(Sean )kingston     http://www.youtube.com/watch?v=TtjRJTxoMVw

REGGAEでいえば、あのSean paulも。。。。http://www.youtube.com/watch?v=dW2MmuA1nI4

PRD出身のSean Garretteというひとも いたな。DrakeをフューチャーしたFeel Love http://www.youtube.com/watch?v=mWfuxEG6fJo Nicki minajとの Get it All http://www.youtube.com/watch?v=-JGbpVcSyPkなど。

ここでいいたいのは、日本の佐藤さん鈴木さん並にUSでは、Seanさんが、おおいのか?ということ。

いやいや偶然では、ない。。

なぜなら、P-DiddyもJay-Zも本名は、SEANである。Jの場合綴りは、SHAWN=ショーン、Corey carter
http://www.youtube.com/watch?v=LUg7G3CPos0となってしまうが。

Diddyにいたっては、自身のブランドSEANを立ち上げるなど、強調さえされている名前だ。 ’92のHeavy-D&The Boyz   http://www.youtube.com/watch?v=NNEgUPKxk7A    のprdクレジットは、本名だった。SEAN"Puffy"Combsとして。。。http://www.youtube.com/watch?v=3Yd4GG3bed0大物ではないか!?きしくも、Jay-ZとP-Diddyは、良きライバルで、Diddyは、デトロイトのEMINEMのライブ(Ft Jay-Z)に観客として、みにいったほど。

これが、ウェッサイ、サウスになるとAndreという大物がいる。 DR.DREは、Andre Romel Young
OUTKASTのBig Boiの相方は、ANDRE3000である。NYには、Andre Collinsという初期ハウスのDJもいる http://www.higher-frequency.com/j_interview/andre_collins/index.htm

このように、ときには、RAPPER,DJの本名をWikiなどで、探ってみるのも面白いのでは、なかろうか?

付け足しのようだが、JAY SEANのこの曲でしめます。http://www.youtube.com/watch?v=hiedVGLwcCQ

2011年4月22日金曜日

PUNK ROCKERは’70 R&Bが、お好き?

ぼくが、DJ'BARをやってたときの(その頃シカゴ・ハウスがでてきてHOUSEMUSICが、蔓延していた)ヘビロ・ナンバーはDionneWarwickのSave A Little prayer     http://www.youtube.com/watch?v=kafVkPxjLYg  を中国系英人のTim simenone(BOMB THE BASS)が、カバーした曲だった。その頃’70MOTOWNなんか知りもしなかった、オレ含む3人のスタッフは、こぞって、これ http://www.youtube.com/watch?v=IBTgbZZo22Q

をかけて、しみじみ浸っていた。それまでにもPHILL COLLINS(元GENESIS)が、DianaRoss&the SUPREMESのYou Can't Hurry Love   http://www.youtube.com/watch?v=-XeBdBVBmb0をやってたり、生粋のMODS野郎TheJAMは、HEAT WAVE  http://www.youtube.com/watch?v=S0Q0Iwjg7akこの曲については、’60後半にモッズ族の先輩にあたるThe Whoが、カバーしている。http://www.youtube.com/watch?v=xXq48rTTsAQ&NR=1

モッズ族は、好んでPartyで’60’70のSOULで 踊っていた。秀逸なのは、オマケ・シングルとしてカバーしていた、これまたDionneWarwickのWALK ON By        http://www.youtube.com/watch?v=AO073fekFfA
これを、ぼくの当時のカリスマ・バンドThestranglers(このBLOGに何回か登場していたな)が,http://www.youtube.com/watch?v=DrGb7sz8D3Y

 これを知ったのが最近なのである。そしてDJ’barでのチラシ(業界では、質の悪い客「特に外人さんは、ブースにまで入ってきて、これかけろ!などとリクエストしてくる」を帰らせる技)に、このBOMB THE BASSのMEGABLASThttp://www.youtube.com/watch?v=EgjNb-6EOYw 

を、かけたりしていた。イントロのヘリコプターの音など、扇情的な効果をねらって。

きわめつけは、BOMB THE BASSのBEAT DIS(これぞ英国版HOUSEの魁!)これを
きいてもらって、しめくくります。 http://www.youtube.com/watch?v=AdHLn_iHTSs 




 

2011年3月7日月曜日

'80 ネタもの

まずは、あのFLORIDA        これをつかうか!という http://www.youtube.com/watch?v=CcCw1ggftuQ

これは、いわずと知れた’80ユーロビートの女神?DEAD OR ALIVE(筆者は、かのLONDONで

生ライブをみたことがある。 )http://www.youtube.com/watch?v=zJv5qLsLYoo  の超メガヒットナンバー

を そのままつかっているのがわかるだろう。ゲイミュージック的な扱いだが、もはや、そんなこと

いってるほうが、頭固いなーといわれる最近のHIPHOPw これは、ねーんじゃねーの?とかも思う

けど 次 YOUNG MONEYの紅一点NICKI MINAJ嬢 http://www.youtube.com/watch?v=pqky5B179nMWILL WILL I AMの手によるものだが、このPVにハングルとか、どこかMARK LO

NSON とかKanye先生を連想させませんか?当時売れたけど、オレ的にOUTな曲http://www.youtube.com/watch?v=W8r-tXRLazs&feature=fvwrelBaggles  の  Vedio Killed The Radio Star=

邦題「ラジオスターの悲劇」(そういえば、Floridaが、はじめてHITさせた曲の邦題は、「今夜はロウ!ロウ!ロウ!」だった)

次は圧巻!まずモトネタからUPしよう   http://www.youtube.com/watch?v=ngsZtWFCgAY&feature=related

GEORGE KRANZのスキャット・fUNKである。これが、いま大変なことになっている。

Kevin Avianceが、カバーhttp://www.youtube.com/watch?v=5l7_Zu2AQyQどちらもPUNK世代以降の

パワーを感じさせないだろうか?これはこれで、いいと思う。

隠れた’80ネタR&Bは、いやというほどあるが、このFRANKIE Jは、素直にきける。
http://www.youtube.com/watch?v=mpidcXt96A0&feature=related

もともとBilly IdolのアルバムにはいっていたナンバーをCash Mannieが、フックアップした。

原曲をうまくつかっている。http://www.youtube.com/watch?v=9OFpfTd0EIs


2011年2月6日日曜日

EMINEM &The Roots

EMINEMあの白人にしてDR.DREに 気にいられデビューを果たした天才RAPPER(Bobby Ray=B.O.Bなどは、彼のスキルに影響されたほど)。しかし低迷期は長かった。アルバムUNCOREの時点でシーンからは、とうざかっていた。次のアルバムRE-UPなどで、50cent(彼らは、本当に仲のいいHOMMIEである。)のG-UNITの援護で、なんとかおさまりをつけていたが、AKONにフィーチャーされたSmack ThatのPVなんか、みれたものじゃなかった。そう重度の睡眠薬依存になやんでいたのだ。しかし2010 うそのように返り咲いた。そう過去のおチャラケも、全てクソだったという全快宣言曲  Not Afraidだ!http://www.youtube.com/watch?v=j5-yKhDd64s

それからも勢力的にEMINEMは、動き回った。地元デトロイトでの Jay-ZとのLIVEで昔の競演作
Renegadeを披露。これには、P-Diddyも観客としてきていた。EMINEM復活が、それほど嬉しかったのだろうw

http://www.youtube.com/watch?v=IOuWCQ4Qbys


そして意外なメンバー(The Roots)とも、競演している。Won't Back Downという新曲を披露。

http://www.youtube.com/watch?v=Tlo2zxbL2g8


EMINEMのこれからの活動は、HIPHOPでも重要なものとなるであろう。


2011年1月25日火曜日

Biggie & Tupac........

Big名義で、リリースしていた、この巨漢RapperにNortoriousを冠し、P.Diddy(当時Puff Daddy=Diddyという仇名は、Biggieが、そう呼んでいた)のBADBOYRECORDSの傘下にはいったThe Nortorious B.I.G.は、東のカリスマrapperとなっていった。そしてこの曲でブレイクした。Bigpoppaがこれ。=

http://www.youtube.com/watch?v=CQ27AM3RTv8     Isley Brothers の#Between The Seatsネタである。

片やCaliforniaで人気を呼んでいたSon of P(P-FUNKの申し子)Digital Undergroundのリーダーの横で
サブキャラ的立ち位置で、Bassを担当していた2Pac Shakur。Apocalipse Now...でソロ・デビューを果たし、ピン立ちした彼は、DR.DREに見出されメインストリームの大ヒット作 California Love をリリース。RAPをきかない人でも知っているというお化けナンバーだ。

http://www.youtube.com/watch?v=FWOsbGP5Ox4

やがてお互いのカリスマ性に 気づいたかのように Losangels と NYを行き来するほどの盟友になっていった。が、悲劇は、あることから 2pacに対して嫉妬を抱くようになったBiggyのやっかみが、引き金となり、2pacは、クラブで射殺されてしまう事件に端を発し進展していく。

しかし彼らは死期を知っていたかのごとく 2Pac=To Live And Die In L.A   
http://www.youtube.com/watch?v=1Jp20gOwlS4

Biggie= Ready To Die  http://www.youtube.com/watch?v=gKsFdWsZnT4

と いつでも自分の死を意識していた。いつでも殺りにこい!的、いわば「仁義なき戦い」的
なRAPPER   それが、このTupac Shkur(母親は、ブラックパンサー党党員だった)とBiggie Smallだったのだ。彼らは、死んでから尚、存在してるかのようにリリースを続けた。(天才肌の2Pacは、かなりの量の音源を残して死んでいったが、片やあまり未公開音源がすくないBiggieは使い回し等の技法で、Michel JacksonのUnbrakableにフィーチャーされたりしている。)


死して尚、その存在感を持つ2人は、2pac=プレスリー Biggie=ビング・クロスビー的な(僕の独断だがw)唯一無二のRAPPERだったのではなかろうか。

最後に2人の数ある作品の中から、 僕の中でのベスト・ナンバーを紹介します。(1つに絞れというのが、無理だが。。。。)


Tupac Shakur=Me Against The World

http://www.youtube.com/watch?v=lGkuYsE8F7w   DREではなくSuperCatの手によるミドルナンバー。


The Notrious B.I.G.=Mo Money Mo Ploblems  彼の妻Faith Evansを フィーチャーしたフロア・バンガー
http://www.youtube.com/watch?v=twkh0YiInPM

2011年1月12日水曜日

PUFFY? DADDY? It's' P-Diddy!!!!!!!!!

'97誰が予想したであろう。Grandmasterflash http://www.youtube.com/watch?v=O4o8TeqKhgY とMatthew Wilder http://www.youtube.com/watch?v=28KobNbbI2sをMIXし、フックもそのまま楽曲にすることを。。そう、NYハーレム出身の34の黒人男性(しかも’80newwaveおたく)Sean Combsは、当時PUFF DADDYと名乗りその両方にMJのRock With YouのドラムもMIXしたhttp://www.youtube.com/watch?v=NmHMcKN8xlICan't Nobody Hold Me Downを盟友MASE(現在は50CentのいるG-UNIT所属)と気だるいRAPで マッシュ・アップさせたことを。。西にDR.DRE
あれば東にPUFF DADDYありという東西抗争の的でもあったBadboyRecordsの総統P-Diddy。それまでにもHeavy -D&The Boyzに楽曲を提供している。ReggaeでもマニアックなThirdWorldのNOW THAT WE'VE FOUND LOVE を大々的にフィーチャーしたNewJackSwingの魁TeddyRiley PRDの http://www.youtube.com/watch?v=NNEgUPKxk7Aがヒットし転換期を向かえた彼らの3rdアルバムであろうか?初プロデュースのアルバムBlueFunkでは、まだSean'Puffy'Combs名義だった。そして映画「Who's The Man?」のサウンドトラックでこちらもまだBig名義だったNotrious B.I.Gを再デビューさせ2pacとも交流。東の横綱BIGGYを誕生させたのである。(後にお互いの勢力争いでRhymesにも殺意を窺わせる様相を呈していったが)(ちなみに50centも’98の映画「Woo」のサウンドトラックでAllureの歌にフィーチャーされていた。)

その活躍ぶりは、転機となった(数々のRapperをPRD)「The Saga  Continues...」でP-Diddy,ソロになりDiddyと簡略化されていった。英では、裁判で敗訴したためDJ Richard'Diddy'Dearloveと重複するという理由でDiddy名義は使っていない。こういう名前の利権争いは、最早RAPPERのお家芸になりつつある。Ne-Yo(マトリックスの主人公NEOを名乗っていたが映画会社が提訴。)T.I.(TipだったがATCQのQ-Tipと被る為致し方なくT.I.に)
そして去年2010またも新しいユニット(女性2人をメンバーに加え)Diddy ft Dirty-Moneyを発足させる。DirtyMoney名義でのデビュー作品にもRickRoss,とBiggyの2Versionを造るほど、DREと違ってBIGGYには、かなり御執心な人である。そのDirty-Moneyの曲Angelsがこれ。http://www.youtube.com/watch?v=C4TRn00mBe0   
PVも独特の雰囲気を醸し出してはいないだろうか?2011は、このDirty-Moneyでチャートを賑わすであろうShinySuiteMan   = Diddyである。

2011年1月6日木曜日

Nelly

あのNellyが、帰ってきた。Country Grammar,Ride Wit Meで一躍そのSing Jay(謳うようにRAPする)スタイルを確立した彼が、素で、RAPしたほうが不自然とも、とれるくらい謳うsingjayな男、Nelly。
NEWリリースのタイトルは、「5.0」。 前回に著述したKRS-ONE(ケアレス・ワン=なにもおそれるものはないであろう人)と#1争いを終え、タイトルを見て、わが目を疑った。え?まさか今度は悪名高き50centのお膝元G-UNITとのバトルか!?と思わせてたら。。。コンマに気づいた。5  . 0である。


2010のBESTをあげろといわれれば間違いなくこの「5.0」を挙げてしまう。ムスタングの
エンジン性能を表す5.0表示をそのまま、タイトルにした地味なつくり??いや、それがいいのだ。
流石セントルイス・ブルース的なRAPPER Nelly!

このNellyに関しては、四の五のいわないでおこう。いいものはいいんだから。

ここにBruno Marsを蹴落としてHITしたJust A dreamをupしときます。
http://www.youtube.com/watch?v=N6O2ncUKvlg


元デスチャ Kelly RowlandとのduetものDillenmaの続編も

http://www.youtube.com/watch?v=G6rRoeKyrDM

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