2011年1月25日火曜日

Biggie & Tupac........

Big名義で、リリースしていた、この巨漢RapperにNortoriousを冠し、P.Diddy(当時Puff Daddy=Diddyという仇名は、Biggieが、そう呼んでいた)のBADBOYRECORDSの傘下にはいったThe Nortorious B.I.G.は、東のカリスマrapperとなっていった。そしてこの曲でブレイクした。Bigpoppaがこれ。=

http://www.youtube.com/watch?v=CQ27AM3RTv8     Isley Brothers の#Between The Seatsネタである。

片やCaliforniaで人気を呼んでいたSon of P(P-FUNKの申し子)Digital Undergroundのリーダーの横で
サブキャラ的立ち位置で、Bassを担当していた2Pac Shakur。Apocalipse Now...でソロ・デビューを果たし、ピン立ちした彼は、DR.DREに見出されメインストリームの大ヒット作 California Love をリリース。RAPをきかない人でも知っているというお化けナンバーだ。

http://www.youtube.com/watch?v=FWOsbGP5Ox4

やがてお互いのカリスマ性に 気づいたかのように Losangels と NYを行き来するほどの盟友になっていった。が、悲劇は、あることから 2pacに対して嫉妬を抱くようになったBiggyのやっかみが、引き金となり、2pacは、クラブで射殺されてしまう事件に端を発し進展していく。

しかし彼らは死期を知っていたかのごとく 2Pac=To Live And Die In L.A   
http://www.youtube.com/watch?v=1Jp20gOwlS4

Biggie= Ready To Die  http://www.youtube.com/watch?v=gKsFdWsZnT4

と いつでも自分の死を意識していた。いつでも殺りにこい!的、いわば「仁義なき戦い」的
なRAPPER   それが、このTupac Shkur(母親は、ブラックパンサー党党員だった)とBiggie Smallだったのだ。彼らは、死んでから尚、存在してるかのようにリリースを続けた。(天才肌の2Pacは、かなりの量の音源を残して死んでいったが、片やあまり未公開音源がすくないBiggieは使い回し等の技法で、Michel JacksonのUnbrakableにフィーチャーされたりしている。)


死して尚、その存在感を持つ2人は、2pac=プレスリー Biggie=ビング・クロスビー的な(僕の独断だがw)唯一無二のRAPPERだったのではなかろうか。

最後に2人の数ある作品の中から、 僕の中でのベスト・ナンバーを紹介します。(1つに絞れというのが、無理だが。。。。)


Tupac Shakur=Me Against The World

http://www.youtube.com/watch?v=lGkuYsE8F7w   DREではなくSuperCatの手によるミドルナンバー。


The Notrious B.I.G.=Mo Money Mo Ploblems  彼の妻Faith Evansを フィーチャーしたフロア・バンガー
http://www.youtube.com/watch?v=twkh0YiInPM

2011年1月12日水曜日

PUFFY? DADDY? It's' P-Diddy!!!!!!!!!

'97誰が予想したであろう。Grandmasterflash http://www.youtube.com/watch?v=O4o8TeqKhgY とMatthew Wilder http://www.youtube.com/watch?v=28KobNbbI2sをMIXし、フックもそのまま楽曲にすることを。。そう、NYハーレム出身の34の黒人男性(しかも’80newwaveおたく)Sean Combsは、当時PUFF DADDYと名乗りその両方にMJのRock With YouのドラムもMIXしたhttp://www.youtube.com/watch?v=NmHMcKN8xlICan't Nobody Hold Me Downを盟友MASE(現在は50CentのいるG-UNIT所属)と気だるいRAPで マッシュ・アップさせたことを。。西にDR.DRE
あれば東にPUFF DADDYありという東西抗争の的でもあったBadboyRecordsの総統P-Diddy。それまでにもHeavy -D&The Boyzに楽曲を提供している。ReggaeでもマニアックなThirdWorldのNOW THAT WE'VE FOUND LOVE を大々的にフィーチャーしたNewJackSwingの魁TeddyRiley PRDの http://www.youtube.com/watch?v=NNEgUPKxk7Aがヒットし転換期を向かえた彼らの3rdアルバムであろうか?初プロデュースのアルバムBlueFunkでは、まだSean'Puffy'Combs名義だった。そして映画「Who's The Man?」のサウンドトラックでこちらもまだBig名義だったNotrious B.I.Gを再デビューさせ2pacとも交流。東の横綱BIGGYを誕生させたのである。(後にお互いの勢力争いでRhymesにも殺意を窺わせる様相を呈していったが)(ちなみに50centも’98の映画「Woo」のサウンドトラックでAllureの歌にフィーチャーされていた。)

その活躍ぶりは、転機となった(数々のRapperをPRD)「The Saga  Continues...」でP-Diddy,ソロになりDiddyと簡略化されていった。英では、裁判で敗訴したためDJ Richard'Diddy'Dearloveと重複するという理由でDiddy名義は使っていない。こういう名前の利権争いは、最早RAPPERのお家芸になりつつある。Ne-Yo(マトリックスの主人公NEOを名乗っていたが映画会社が提訴。)T.I.(TipだったがATCQのQ-Tipと被る為致し方なくT.I.に)
そして去年2010またも新しいユニット(女性2人をメンバーに加え)Diddy ft Dirty-Moneyを発足させる。DirtyMoney名義でのデビュー作品にもRickRoss,とBiggyの2Versionを造るほど、DREと違ってBIGGYには、かなり御執心な人である。そのDirty-Moneyの曲Angelsがこれ。http://www.youtube.com/watch?v=C4TRn00mBe0   
PVも独特の雰囲気を醸し出してはいないだろうか?2011は、このDirty-Moneyでチャートを賑わすであろうShinySuiteMan   = Diddyである。

2011年1月6日木曜日

Nelly

あのNellyが、帰ってきた。Country Grammar,Ride Wit Meで一躍そのSing Jay(謳うようにRAPする)スタイルを確立した彼が、素で、RAPしたほうが不自然とも、とれるくらい謳うsingjayな男、Nelly。
NEWリリースのタイトルは、「5.0」。 前回に著述したKRS-ONE(ケアレス・ワン=なにもおそれるものはないであろう人)と#1争いを終え、タイトルを見て、わが目を疑った。え?まさか今度は悪名高き50centのお膝元G-UNITとのバトルか!?と思わせてたら。。。コンマに気づいた。5  . 0である。


2010のBESTをあげろといわれれば間違いなくこの「5.0」を挙げてしまう。ムスタングの
エンジン性能を表す5.0表示をそのまま、タイトルにした地味なつくり??いや、それがいいのだ。
流石セントルイス・ブルース的なRAPPER Nelly!

このNellyに関しては、四の五のいわないでおこう。いいものはいいんだから。

ここにBruno Marsを蹴落としてHITしたJust A dreamをupしときます。
http://www.youtube.com/watch?v=N6O2ncUKvlg


元デスチャ Kelly RowlandとのduetものDillenmaの続編も

http://www.youtube.com/watch?v=G6rRoeKyrDM

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